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福岡地方裁判所小倉支部 昭和46年(わ)78号 判決

主文

被告人を懲役八月に処する。

この裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人西嶋尚敏、同国米聡太郎、同蔵原千一、同日隅徳行、同真鍋清市、同明石欣也、同乗本幸雄、同東島増男、同日浦和子、同高木義昭、同奥村一雄、同富田康義、同小川昭政、同宮崎勝次、同沢田嘉夫、同古野育子に支給した分及び国選弁護人に支給した分の四分の一を被告人の負担とする。

本件公訴事実中、平田好正に対する詐欺、草野晋三に対する恐喝未遂、株式会社ダスキンに対する信用毀損及び業務妨害、白川秀雄に対する恐喝の点についてはいずれも無罪。

理由

(被告人の経歴)

被告人は、門司市(現北九州市門司区)で出生し、中国の北京で中学一年在学中に終戦をむかえ、昭和二一年五月ころ、門司市に引き揚げ、英語学校を卒業したのち、昭和二六年三月ころから昭和三一年九月ころまで駐留米軍施設に勤務し、その間、県立高等学校の定時制を昭和三〇年三月に卒業して同年四月北九州大学商学部第二部に入学したが、昭和三三年ころ中途で退学した。その後、被告人は、通信社の記者となつたが、昭和三六年ころ、内外通信社西部本社と称して独立し、経済記事や社会問題記事を内容とする小冊子「内外ニユース」を発行し、他方、アイデア開発センタープロと称し、種種の調査、企画、コンサルタント業務を行つていた。そして、被告人は、昭和三八年ころから消費者運動に着目してその活動をするようになり、昭和三九年五月、北九州市において、評論家大宅壮一らを招いて西日本消費者大会を開催したうえ、西日本消費者協会を設立し、その事務局長と称し、自ら編集兼発行人となり、西日本消費者協会の機関紙として月刊の「消費者は王様」、週刊の「協会報内外ニユース」を発行し、臨時に「消費者ニユース」を発行した。また、被告人は、企業診断、経済資料・情報の収集と分析、市場・消費者動向調査、その他企画、宣伝等企業のためのコンサルタント業務を行うとして千代丸企画事務所を開設した。なお、昭和四五年五月には、政財界人、文化人、大学教授、新聞記者、ビジネスマン等の交流と研修の場とするための情報文化の図書館の性格を有するサロン設備と称して大手門クラブを発足させた。

(罪となるべき事実)

被告人は、自己が主宰する西日本消費者協会会員のため、観光旅館業者との間で指定旅館契約を締結するとし、右契約に関する負担金を入会金及び会費と名付けて、これを騙取しようと企て、西日本消費者協会には個人会員として名簿に登載されている者は一〇〇名に満たず、企業、労働組合等の団体会員も五〇に足りず、指定旅館契約を締結しても、その旅館に対し会員を宿泊客として多数送り込むほどの人的組織、体制がないのに、これがあるように装い

第一、昭和四四年五月二〇日すぎころ、愛媛県松山市道後鷺谷町二の二七大和屋別荘こと松山水産株式会社(代表者奥村一雄)に対し、特別の部局として組織を設けたものではなく、単に名称を作つたにすぎない「西日本消費者協会観光事業本部」、西日本消費者協会の活動の一部に名称をつけたもので、独立した組織としての実態のない「消費者団体共済事業会」、実態のない「北九州主婦連合会」及び「中小企業労使福祉連絡協議会」の名義で、「西日本消費者協会観光事業本部新設に伴う会員(指定)旅館契約について」と題し、指定旅館制度の説明会を開催する旨の「旅館選定説明会ご案内状」に「当協会は、千代丸建二代表理事(事務局長兼務・アイデア開発センタープロ代表取締役)が消費者大衆を組織化したものであり、現会員数は、三八、〇〇〇人、団体、労組、企業参加数は一〇〇余に達し、今や西日本地区においては東の主婦連に匹敵する強大な消費者団体に成長しております。」との虚偽の事実を記載し、説明会前に指定旅館の申込みをするには入会金一、〇〇〇円を送金すること、組合費(指定旅館負担金)は月額一、〇〇〇円で、年払いまたは半年払いとすること及び年間会費充当分として二〇万円相当の送客保証をすると記載した書面(昭和四六年押第一一一号の五七と同種のもの。以下指定旅館契約説明会案内状という。)を郵送し、奥村一雄をして、西日本消費者協会には三八、〇〇〇名の会員や団体会員傘下の多数の消費者がおり、同協会と指定旅館契約を締結すれば、右会員らの中から多数の宿泊客の紹介、斡旋を受けられるものと誤信させ、同年六月三日、北九州市小倉区(現小倉北区)船場町所在の株式会社小倉日活会館小倉日活ホテルで開催した説明会において、これに出席した奥村一雄に対し、西日本消費者協会に多数の会員がいるので、右会員が利用するための指定旅館を選定すること、右指定旅館制度運営のための会費とその支払方法、送客の方法などを説明して、同人の前記誤信を強めさせ、よつて、即時同所において、同人から入会金及び半年会費名下に現金七、〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し

第二ないし第一四〈略。ほぼ同様の手段による現金等合計一五万七〇〇〇円の詐取〉

(証拠の標目)〈省略〉

(有罪認定理由の補足)

一西日本消費者協会の設立は、前記のとおり、昭和三九年五月ころであるところ、前掲証拠及び司法巡査井上卓作成の昭和四五年一二月二一日付捜査報告書によると、同協会の事務所は、当初北九州市小倉区博労町六三番地富士ビル内の被告人経営の内外通信社としたが、その後三回転じ、昭和四四年一一月から同市同区船場町一五番地の四丸源プリンスビル七階を借用しており、同協会の事務を担当する者は、被告人のほかに、昭和四四年初めころから昭和四五年七月末ころまでの間は専従していた者が一人いただけで、他に同協会に継続的に雇用されていた事務員はおらず、臨時にアルバイト或いは手伝人がいる程度であつたことが認められる。前掲証拠、押収してある消費者ニユース(昭和四六年押第一一一号の一二八、一三〇)によると、被告人が作成、発行した「協会報内外ニユース」「消費者は王様」「消費者ニユース」等の紙面には、機関紙編集部、協会出版局編集室、苦情処理センター、消費事業部、生協事業部、消費者センター広告部、会員係、協会モニター係などの部や係があるように記載されているが、被告人及び前記専従の事務員一人のほかに、右のような各部、係が実在したと認められる証拠はない。また、被告人は、事務局長、代表理事、専務理事などと称しているが、他に役員が存在すると認められる証拠はなく、被告人は、第四五回公判において、右協会には役員会はない旨供述している。

前掲証拠、被告人の検察官に対する昭和四五年一二月一日付供述調書、証人水呉俊子に対する裁判所の尋問調書によると、同協会の会員の種類は(一)消費者会員と(二)賛同会員又は誌友会員とがあり、(一)は、消費者個人或いは町内、団地単位とし、(二)は、業者(個人又は会社)、団体(官庁を含む。)或いはこれに所属する個人とするもののようで、他の分類として、個人会員と法人会員に分類されていることが認められる。

ところで、どのような者を会員というかについては、被告人の供述は曖昧で、一定していない。しかし、前掲証拠によると、被告人は、会員申込書に住所氏名を記載し、会費を添えて申し込む方式をとつていて、昭和四四年五月一五日発行の「消費者は王様」でも、特典付きで会員を募集しているのであり、一般常識からしても、会員というには会員申込をした者というべきである。

そこで、西日本消費者協会の会員数について検討するに、被告人は、検察官に対する昭和四五年一二月一日付供述調書においては、団体二五、会員数三、五〇〇名であると供述し、検察官に対する同月二三日付供述調書においては、会費を納めている会員数は三〇〇名位であるが、地区又は団体の代表者が会員として会費を納めている場合は、その地区又は団体に属する者も会員である旨供述していたところ、第四五回公判においては、前記指定旅館契約説明会案内状を発送した時点では、会員数は三八、〇〇〇名であり、それが会員名簿には登載されている旨供述するに至つた。しかし、前掲会員名簿には、「個人」として七七名が登載されているにすぎない。そして、司法警察員作成の昭和四五年一一月二日付及び同年一二月七日付各捜索差押調書によると、警察官は、二回にわたり西日本消費者協会事務所を捜索したが、被告人が供述するように多数の会員名が登載された書類は発見されていない。したがつて、被告人の右供述は措信することができない。なお、前掲会員名簿に登載されている企業、団体のうち、その記載の体裁上会員ではないかと思われるものは約五〇である。

二以上のとおりであるから、前記指定旅館契約説明会案内状中の西日本消費者協会の会員数、参加団体数に関する記載は虚偽であるといわなければならない。もつとも、前記契約書では、個人会員五、〇〇〇人、団体会員三〇、〇〇〇人であると変更しているが、それでもこの記載が虚偽であることにはかわりはない。さらに、右案内状には「主婦団体、婦人会、団地自治会代表等の構成による理事会、幹事会を執行機関とし、商品テスト部会、運営委員会、消費者サービス部会など六部会に分かれる。」との記載があるが、これも前記被告人の第四五回公判供述に照らし虚偽であると認められる。

そして、前判示の各観光旅館の関係者が西日本消費者協会観光事業本部等と称する団体の案内状を見て指定旅館の申込みをし、或いは西日本消費者協会・北九州主婦の会連合会専務理事と称する被告人と指定旅館契約を締結し、入会金及び会費を支払つたのは、西日本消費者協会が三万人以上という多数の会員を有するということを誤つて信じ、右契約を締結すれば右会員の中から多数の宿泊客の紹介、斡旋が受けられるものと信じたことにあることは前掲証拠上明らかである。被告人が西日本消費者協会の会員数、人的組織、体制につき事実を告げれば、前記各観光旅館の関係者は、到底指定旅館となり、入会金及び会費名目の金員を被告人に支払うことはなかつたものと認められる。なお、前記指定旅館契約説明会案内状にある年間二〇万円相当の送客を保証する旨の記載は、将来の、事実であつて、確定的に右相当額の送客を履行する旨約束し得るものではなく、このことは前記各観光旅館関係者も認識していたことであり、右の記載が指定旅館契約の申込みを動機付けたものではないから、被告人が主張するように、右のような送客保証を取り消したとしても、前記各観光旅館関係者の錯誤の存在に影響を及ぼすものではない。

被告人は、消費者運動の一つとして、指定旅館制度を設け、真に消費者のための観光事業を営む意思を有していたものであつて、詐欺罪にあたらない旨主張する。なるほど、前掲証拠及び押収してある消費者ニユース(昭和四六年押第一一一号の一三〇)によると、被告人は、本件に関し、前記案内状、契約書等の印刷代、通信費、各観光旅館調査費等に相当の出費をしたことが窺われ、また、西日本消費者協会の機関紙に、観光旅館調査報告、指定旅館一覧表等観光事業に関連する記事を掲載して、事実上各旅館の宣伝を行い、事務所には各旅館との連絡に使用するためテレツクスを設置したことなどが認められる。

しかし、前掲証拠によると、判示第一ないし第一四の各観光旅館は、指定旅館契約後一年余を経ても、西日本消費者協会から全く宿泊客の紹介、斡旋を受けていないことが認められ、このことからすると、被告人は、指定旅館契約に関し取得した入会金及び会費名目の金員に相当するような対価的利益を相手方の契約旅館側に提供する能力もなかつたものというほかはない。

すなわち、被告人は、西日本消費者協会の会員数等について真実を告げれば、相手方観光旅館関係者は指定旅館契約を締結せず、入会金及び会費名目の金員を交付しないのに、右契約を締結するかどうかの動機付けに最も重要な右の会員数等につき虚偽の事実を告げて、相手方観光旅館関係者をそのように誤信させ、入会金及び会費名目で金員の交付を受けたものであるから、たとえ被告人に観光事業を営む意思があつたとしても、詐欺罪に当るものといわなければならない(最高裁判所昭和三四年九月二八日決定・刑集一三巻一一号二九九三頁趣旨参照。)。

三、四〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示各所為は刑法二四六条一項に該当するところ、以上は同法四五条前段の供合罪であるので、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文を適用して主文第三項のとおり被告人に負担させることとする。

(無罪部分の理由)

第一平田好正に対する詐欺〈省略〉

第二草野晋三に対する恐喝未遂及び株式会社ダスキンに対する信用毀損・業務妨害

一  本件各公訴事実は

被告人は

(一) 昭和四五年四月一〇日付兵庫県川西市役所発行の「消費とくらし」創刊号に「ダスキンに農薬、川西校の学習会で判明」との記事が掲載されたことを奇貨とし、西日本消費者協会の会費等の名目で株式会社ダスキン(代表取締役鈴木清市)から金員を喝取しようと企て、同年八月一〇日ころ、同社の加盟店である北九州市小倉堅林町二丁目所在株式会社ダスキン北九州(代表取締役中寺清三)に対し「川西市で問題となつた農薬使用のことで聞きたい。」旨申し入れ、同年九月一日、株式会社ダスキン九州支部社員草野晋三ほか二名から、同市区船場町一五番地丸源プリンスビル内の被告人が主宰する大手門クラブの部屋において、同社の製品である化学ぞうきん「ダスキン」の吸着剤に含有する微量の工業用油用性PCPは農薬でない旨の説明を受けたにもかかわらず「ダスキンは危険な農薬PCPを使用している。」旨を一方的に決めつけ、消費者運動の名下に同人らを激しく追求したのち、右草野に対し、同協会発行の「週刊協会報内外ニユース」「消費者は王様」「消費者ニユース」各一部を交付し「ダスキンも当協会の企業会員になり会費を出しませんか。このようなトラブルが起きたとき都合がいいですよ。」などと申し向け、若し同協会への入会および会費の納入を断われば、同協会の前記刊行物等にダスキンには危険な農薬が入つているなどの中傷記事を掲載して一般消費者に公表するような勢威を示し、更に同月三日ころ、前記草野に対し、同協会の事務所内の電話で「会費は月額一万円である。」旨申し入れ、同協会の会費名下に金員を交付するよう執拗に申し向けたが、同人からこれを断われるや、同月一七日から同月二〇日ころの間、読売、朝日、毎日、西日本等の各新聞記者等に対し「ダスキンに危険な農薬使用」と虚偽の事実を発表し、そのころの各新聞等に同趣旨の記事を掲載発行などさせ、なお「週刊協会報内外ニユース」(昭和四五年九月二四日付)、「消費者は王様」(昭和四五年一〇月一日付)に同様の記事を掲載発行したのち、同年一〇月一日ころ、同協会事務所において、右草野が電話で同月七日に同社営業部長が訪問したい旨申し入れたのに対し「七日では遅い。ダスキンはこんなことになつてどう考えているのか。七日といわず、すぐ来なさい日一日とあなたがたが不利になりますよ。私の方も第二弾、第三弾と幾通りもの打つ手を考えており、今度来る時は最終的な見解をもつて来なさい。」旨威圧的な言辞で暗に会費名目の金員を要求し、もし要求に応じなければ再度日刊紙および自己の刊行する新聞等にダスキンの暴露記事をつぎつぎと発表掲載するような勢威を示して、右草野をして極度に困惑・畏怖せしめたが、同人が前記株式会社ダスキンの方針としてこれに応じなかつたため、その目的を遂げなかつた。

(二) 同年九月一日、前記草野晋三ほか二名から、更に同月一一日株式会社ダスキン中央研究所長小松啓祐ほか三名から、前記大手門クラブの部屋において、それぞれ「PCPには水溶性と油溶性があり、前者は水田用除草剤として用いられること。ダスキン処理液に配合しているのは油溶性の工業用PCPであつて、農薬とは異なり、農薬取締法による登録農薬には油溶性PCPは含まれていないこと。ダスキン処理液中に配合しているのはごく微量であり、パツチテストにより安全性を確認したのち採用したこと。しかしながら同じPCPと呼ばれているため、ダスキンを使用している人に無用の不安を与えないように、同年八月末限り油溶性PCPの配合をとりやめていること。ダスキンはその他一切の農薬の使用をしていないこと。」などの説明をうけ、これを十分熟知しながら、前記株式会社ダスキンが同協会への会費納入を拒否したことの報復として同社が農薬を使用している旨の虚偽の風説を流布することを企図し、

1 同年九月一七日ころから同月二〇日ころまでの間、北九州市戸畑区新池一丁目一番一号北九州市役所内第一記者クラブならびに前記西日本消費者協会事務所などにおいて、読売、朝日、毎日、西日本等の各新聞記者に対し「ダスキンに劇物として指定されている農薬PCPが防カビ剤として使用されている」旨虚偽の風説を告知し、よつて同月一七日から同月二〇日ころまでの前記各新聞にその虚偽の風説を掲載発行させて流布し

2 同月二四日付「週刊協会報内外ニユース」に「ダスキンに農薬が使用されている。劇物に指定されている除草剤のPCPである。」旨虚偽の風説を掲載し、そのころこれを北九州市小倉区足立一丁目九番二八号化粧品販売業西村徳二郎外六六名に送付して流布し

3 同年一〇月一日付「消費者は王様」に「ダスキンに危険な農薬PCPを使用」「ダスキンについては中央研究所の小松所長を呼び、追求した結果、農薬の使用を認めました。」旨虚偽の風説を掲載し、そのころこれを前記西村徳二郎外五四名に送付して流布し

もつて、前記株式会社ダスキンの信用を毀損するとともに業務を妨害した

というのである。

二〈証拠〉によると、本件の経過は次のとおりである。

(一) 被告人は、西日本消費者協会として消費者運動を行つていたのであるが、その活動内容は、商品のテスト・研究、苦情処理、買物相談、有害・欠陥等の不良商品、不良業者の摘発、関係行政機関への告発・陳情、物価値上げ反対運動、優良店指定、商品販売の取次による生協活動、消費者情報の機関紙発行などであり、同協会の運営費は、会費(個人会員の会費は月額一〇〇円、その他の会員の会費は一定しておらず、月額千数百円から二万円位の範囲である。)、機関紙購読料(「消費者は王様」は月額一〇〇円、「協会報内外ニユース」は月額一、二五〇円であるが、確実に徴収されてはいない。)広告料、商品研究・業者との懇談会・工場見学等の際に業者から受ける企画料又は賛助金、被告人個人の収入としての企業経営コンサルタント料、講演料、原稿料、その他種種の企画調査料をもつて賄つている。

(二) 昭和四五年二月(以下月日だけを示すのはいずれも昭和四五年のそれをいうものである。)、兵庫県川西市において、同市が開催した家庭の主婦を対象とする川西生活学校において、化学ぞうきん(繊維に粘着性のある油状物質の吸着剤を吸収させ、ほこり等をこれに吸着させて取り除くもの)が商品研究の課題として取り上げられ、同市の要請に従い、右の化学ぞうきん市場の七―八〇パーセントを占めている大阪市に本社のある株式会社ダスキンの生産部広報係西山繁人外一名がこれに出席し、化学ぞうきんの殺菌用にPCP、すなわちペンタクロル(ロ)フエノールを使用していると説明した。そこで、出席者の間で、農薬として使用されているPCPを化学ぞうきんに使用しているとして、その危険性が問題とされ、右社員は専門的知識を有しなかつたため、後日文書で回答する旨約束した。そして、川西市が四月一〇日発行した一般消費者向け新聞「消費とくらし」に「ダスキンに農薬」「川西学習会で判明」との見出しで「業界の大手メーカーダスキンから殺菌用に農薬PCPが使用されていることが明らかにされ、主婦達を驚かせ、人体に対する安全性に質問が集中した」との記事が掲載された。

(三) 被告人は、五月ころ、右の「消費とくらし」の郵送を受けて、右ダスキンに関する記事を読んだが、その前年の昭和四四年二月ころ、被告人の企画のもとに西日本消費者協会として豆腐業者を呼んで商品研究会を開催した際、株式会社ダスキンとフランチヤイズ契約を結んで加盟店となつている株式会社ダスキン北九州の専務取締役吉川盛久に対し、同会社が取り扱つている化学ぞうきんを右研究会に出品展示するよう要請し、これを承諾した吉川が右研究会に化学ぞうきんであるホームダスキン(以下単にダスキンという。)を四〇セツト位持参して展示し、出席した主婦らに説明のうえ、見本として貸与したことがあり、その後も、被告人は吉川にダスキンの見本を西日本消費者協会の事務所に持参させたこともあつたので、前記「消費とくらし」の「ダスキンに農薬」との記事に注目し、昭和四五年六月二四日発行の西日本消費者協会の機関紙「協会報内外ニユース」に「化学ぞうきんに農薬使用?」との見出しで「近着の資料に最近全国の家庭に浸透しはじめた化学ぞうきんの殺菌効果に農薬が使用されており危険とある。メーカーはダスキン、八幡の九州化学の製品ピカツト、ほかにサニー、ケンモツプ、リースキンなど数種あり。」との記事を掲載した。

(四) 被告人は、八月一〇日ころ、前記吉川に対し、前記「消費とくらし」の「ダスキンに農薬」との記事の真偽及びダスキンの交換業務が円滑に行われているのかどうかについての説明に来て欲しいと要求した。そして、吉川からこれを伝え聞いた株式会社ダスキン九州支部の加盟店係草野晋三(昭和一六年一一月三日生)は、同会社本部の指示をあおいだうえ、吉川を通じて被告人の要求を承諾し、九月一日、吉川及び同会社久留米工場の中村某と三名で北九州市小倉区船場町一五番地の四丸源プリンスビル八階の大手門クラブに被告人を訪ねた。そこで、被告人は、草野らに対し、まず、ダスキンの交換について苦情があることを話したのち、ダスキンに農薬が使用されているというのは事実かどうかをただした。草野は、これに対し、同会社中央研究所長小松啓祐が一般顧客向けに作成した同年五月六日付「ダスキンの衛生効果」と題するパンフレツトをもとに、ダスキンには防かび剤として油溶性のPCPが使用されているものの、微量で人体には影響がない旨説明したが、同人が営業部門の担当であるため、被告人の突つこんだ質問に対する説明ができず、また、被告人が提示したダスキンの殺菌或いは除菌効果、品質表示の問題についても十分な説明ができなかつた。そこで、草野は、被告人の要求により、後日、本部の責任のある回答のできる専門的地位にある者を差し向けることを約束した。

(五) 被告人は、右会談後、草野らが前記大手門クラブを出ようとした際に、西日本消費者協会の活動内容を知らせるため、同室に備えつけてあつた同協会の機関紙「協会報内外ニユース」(昭和四五年七月二日発行)「消費者は王様」(同年八月一五日発行)及び「消費者ニユース」(発行日不明)を草野に手渡し、同人の質問に対し、業者も企業会員として同協会に入会できる旨説明した。右の「協会報内外ニユース」には「《商品の安全性》コカコーラ飲料は安全か?」との見出しで、消費者側の安全性に関する疑問に会社は答えていないので、数多くの点で不安をそのまま残しているとの記事、ヤクルトの販売システムの分析資料紹介記事等が掲載され、「消費者は王様」には「危険なタイル・トイレ用洗剤」との見出しで、神戸生活科学センターの検査結果として、不良洗剤の製品名等をあげ「右の商品を買物の際チエツクして下さい。売場から追放しましよう。見つけたら捨てるよう要求しましよう。」等の記事が掲載され、「消費者ニユース」には「不良品追放へ」「危険な不良メーカーカゴメの製品を買うのはやめよう」との見出しで「カゴメ製カン詰トマトジユースの中毒事故は主婦たちにとつて大シヨツクでした。食品衛生法で許されている一五〇PPMをはるかに上回る二八〇PPMというスズが検出されたのです。こんなものを作るメーカーは消費者は絶対に忘れないで、口伝えで追放しようではありませんか。森永のヒソ入り殺人ミルク、大腸菌入りの雪印牛乳(北九州)、乳酸菌の入つていない乳酸飲料、くさつていた昭和ハムはJASマークも偽造していたし、小倉魚町の不二屋はくさつたシユークリームを売り出して、絶対に自分の責任ではないと頑張つた不良業者です。」との記事等が掲載されていた。

(六) 草野は、右の各機関紙の記事を読んで、企業を強烈な表現で中傷するものであると感じ、西日本消費者協会の会員にならないと、株式会社ダスキンも同様の中傷記事を掲載されて、営業上打撃を受けるのではないかと考え、上司に対しても、同協会の会員になつた方がいいのではないかと相談し、その会費を確かめる必要があるということになり、九月三日ころ、被告人に対し電話をかけ、同会社の専門的地位にある者が訪ねる日を打ち合わせた際、企業会員の会費を尋ねたところ、被告人は月額一万円であると答えた。

(七) そして、同月一一日、株式会社ダスキン中央研究所長小松啓祐、同研究所副主任島田幸三、前記草野及び吉川の四名が大手門クラブに被告人を訪ねてきた。被告人は、伊川漸が、農業に従事し、農薬を取り扱つていて、その方面の知識を有し、また、医療市民会議の一員で、医薬品その他化学物質の問題を追及する活動をしているところから、予め同人に同席を依頼し、同日伊川とともに小松らと会談した。その際、被告人は、まず、ダスキンに使用されているPCPは農薬ではないかということを問題にし、小松らは、当日持参したPCP製造会社のカタログを示しながら、PCPの開発の沿革、油溶性と水溶性の分類、性質及び用途、ダスキンに使用しているPCPは水田の除草剤として使用される水溶性のPCPではなく、油溶性のもので、ダスキンの防かび剤として使用していることを説明した。しかし、被告人及び伊川は、前記の「消費とくらし」昭和四五年四月一〇日号には、農薬PCPを使用しているとの記事があり、小松らが右記事の訂正記事であるとして被告人らに示した「消費とくらし」同年八月五日号の「ダスキンと殺菌剤」との見出しで記載された島田幸三記名入りの記事にも、油溶性PCPを使用しているが、極微量であるから危険はないとあるだけで、農薬ではないとの文言はなく、また、有機溶剤に溶かした農薬も他にあるところから、小松らの説明に納得しなかつた。次に、被告人は、ダスキンにPCPを使用することによる安全性を皮膚接触毒性及び経口毒性の面から問題にし、小松らは、当日持参したマウス実験、パツチテストの結果を記載した書類等を示し、ダスキンのPCPを含む吸着剤のLD五〇の数値やパツチテストの結果陰性であつたことを説明したが、被告人らは、それだけでは企業側の検査であつて、安全性の基準を示す公正な資料とはなり得ないとして、これにも納得しなかつた。(この点に関し、証人小松啓祐は、ダスキンの安全性を明らかにする資料としては当日持参したものでは不十分であり、自己の専門は化学であつて、医学、衛生学上のことはよくわからない旨供述している。)さらに、被告人は、株式会社ダスキンが宣伝文句として使つているダスキンの殺菌或いは除菌効果を問題にし、小松らは、医師の実験とその細菌学的考察の論文を示すなどして説明したが、右論文も、実験の結論から、ある程度の微生物の発育抑制が考えられるのではないかと考察するというもので、被告人を納得せしめるものではなかつた。被告人は、ほかにダスキンの家庭用品品質表示法に基づく表示の必要性も問題にした。

そのうち、小松は、被告人らに対し、ダスキンにPCPを使用するのをやめ、一二月末までにPCPの含有しない製品にする旨告げた。被告人は、これを聞いて、小松に対し、すぐにテレビのコマーシヤルをやめ、全商品を回収するように要求したが、同人は、経営上の問題であるから、後日社長らと相談のうえ返事をすると答えた。そこで、双方とも、PCPを含むダスキンの危険性、衛生効果等についてもなお検討を加え、もう一度会談を持つことにした。

(八) そして、右会談後、小松、島田、草野及び吉川らが立つて大手門クラブを出ようとした際、被告人は、同月一日草野に手渡したと同種の機関紙三部及び「消費者ニユース」昭和四五年七月一五日号を島田に手渡した。右の「消費者ニユース」には、酒の共同購入の勧誘、西日本消費者協会の活動とその参加の呼びかけ、大手門クラブ会員募集、千代丸企画事務所の広告等の記事が掲載されていた。

(九) その後、株式会社ダスキン側からは被告人に対し何らの連絡もなかつたので、被告人は、当時、西日本消費者協会の事務所に取材のためしばしば出入りしていた各新聞社の記者らと相当深い接触があり、同協会の活動が各新聞の記事になつたこともあつたことから、西日本消費者協会が化学ぞうきん問題に取り組んでいることを公表しようと決意し、同月一七日から同月一九日までの間、同協会事務所や北九州市役所記者室において、各新聞社の記者らに対し株式会社ダスキンの化学ぞうきんに劇物に指定されている農薬PCPが使用されており、西日本消費者協会で右の問題を追及しているとの情報を提供した。そこで、右の被告人からの取材に基づき、同月一七日付読売新聞夕刊は「化学ぞうきんを告発・西日本消費者協・殺菌に猛毒の農薬」の見出しで、「化学ぞうきんの殺菌用に有機塩素系の農薬PCPが使用されているというが、これは毒性の強い農薬で、劇物に指定されている」との文言を含む記事を掲載し、同月一八日付読売新聞朝刊は「化学ぞうきんに農薬・猛毒PCP・西日本消費者協告発・殺菌用に野ばなし」「殺菌に除草剤PCP」などの見出しで、前同様の文言を含み、問題の化学ぞうきんは株式会社ダスキン製である旨の記事を掲載し、同日付朝日新聞朝刊は「化学ぞうきんに農薬・西日本消費者協会が告発」との見出しで、「株式会社ダスキン製の化学ぞうきんの吸着剤中に防カビ剤、殺菌剤としてPCPが使われており、この農薬は劇薬に指定されている」との文言を含む記事を掲載し、同月一九日付毎日新聞朝刊は「劇薬使用を追及・北九州の消費者委・化学ぞうきん三社に」との見出しで、「株式会社ダスキンが防カビ剤として農薬としても使用されるPCPを使つていることが明らかになつた」との文言を含む記事を掲載し、同日付西日本新聞夕刊は「化学ぞうきん農薬PCPを使用・人体に影響の恐れ」との見出しで、「西日本消費者協会の話によると、化学ぞうきんには雑菌を殺すほかカビ予防のためどのメーカーも有機塩素農薬PCPを使つているとのことである」との文言を含む記事を掲載し、同日付赤旗、同月二〇日フクニチにも類似の記事が掲載された。

(一〇) また、被告人は、同月一九日北九州市衛生研究所に対し、化学ぞうきんダスキン中のPCPの分析を依頼し、北九州市経済局商工部消費経済課を経由して通商産業大臣に対し、株式会社ダスキン、株式会社九州化学、株式会社サニクリーンほか各社製の床用モツプに品質表示義務違反があるので、適切な法的措置を求める旨の告発状、業者への指示申立書並びに右各会社及び株式会社白洋舎、株式会社リースキン製の各化学ぞうきんの殺菌剤等の添加物につき家庭用品品質表示法一〇条に従い適切な措置を求める旨の申立書を提出し、いずれも同月二二日福岡通商産業局で受理された。

(一一) さらに、被告人は、同月二四日付「協会報内外ニユース」に「化学ぞうきんの諸問題点」と題し、化学ぞうきんの添加物、品質表示、衛生効果等について問題点を掲げ、その中で、「ダスキンに農薬が使用されている。劇物に指定されている除草剤のPCPである。」との文言を含む記事を掲載して発行し、西村徳二郎外六八名位に送付し、同年一〇月一日付「消費者は王様」の裏面「消費者ニユース」の欄に「ダスキンに危険な農薬使用」との見出しで「株式会社ダスキン側の説明によると『防カビ剤として農薬のPCPを使つている。しかし、ごく微量で人体への影響はない。』ということですが、メーカーのいう安全性だけで、果して農薬が勝手に使用できるのでしようか。」との文言、「ダスキンについては中央研究所の小松所長を呼び、追及した結果、農薬の使用を認めました。」との文言を含む記事を掲載して発行し、西村徳二郎外五七名に送付した。

(一二) 被告人は、九月二五日ころ、電話で、前記吉川を介して草野に対し、株式会社ダスキン側の化学ぞうきん問題についてのその後の説明ないし回答を求めたが、数日間何らの返事もなく、同年一〇月一日になつて、草野が被告人に対し電話をかけてきて、同月七日に株式会社ダスキン営業部長鈴木新平を同行するので会つて欲しい旨告げたので、被告人もこれを了承し、他方、被告人は、同月一日、西南女学院短大助教授大里克夫に対し、化学ぞうきんである株式会社ダスキン製のダスキン、株式会社九州化学製のピカツト、株式会社サニクリーン製のサニクリーンの各モツプ及びクロスの二種類につき細菌検査を依頼し、同月五日ころ、北九州市議会に対し化学ぞうきんに対する毒物使用禁止等についての請願書を提出した。

そして、同月七日、被告人は、株式会社ダスキン側との会談を新聞記者らにも公開するため、同記者らにその旨通知し、大手門クラブで待期していたが、同会社側は同日になつて右会談を取りやめ、同月一二日には、草野晋三、小松啓祐及び同会社営業部法務担当社員佐藤義俊らが福岡県小倉警察署に対し本件の被害の申告をし、同日直ちに捜査が開始された。

(一三) 被告人は、「消費者は王様」昭和四五年一〇月一五日号を化学ぞうきん事件の経過特集として発行し、前記大里助教授の細菌検査が終了したのち、右検査結果を添えて、同月一七日付で公正取引委員会に対し、株式会社ダスキン、株式会社九州化学、株式会社サニクリーン、株式会社リースキン、株式会社白洋舎、山崎産業株式会社製の各化学ぞうきんにつき、品質表示義務違反及び衛生効果の不当表示の事実があるので、取締を求める旨の申告書を提出し、併せて、化学ぞうきんに衛生上問題があるので、販売、宣伝、品質表示等につき適切な規制措置を要望する書面を提出した。

(一四) 被告人は、一二月七日、本件のほか、恐喝及び詐欺事件で逮捕された。

三草野晋三に対する恐喝未遂罪の成否

(一) 検察官は、昭和四五年九月一日、前記大手門クラブにおいて、草野晋三がダスキンの吸着剤に含有する微量の工事用油溶性PCPは農薬でない旨説明したのに、被告人は、危険な農薬PCPを使用している旨一方的に決めつけたと主張する。なるほど、証人草野晋三は、ダスキンに使用されているのは工業用油溶性PCPで、農薬である水溶性のPCPとは全然異なり、人体にも影響はないものであると被告人に説明したと供述しているが、草野が当日持参した「ダスキンの衛生効果」という表題のパンフレツトには「工業用」との記載はなく、「工業用の油溶性」という表現が使われるようになつたのは、前記の九月一八日付読売新聞中の小松啓祐の談話記事からで、文書としては、株式会社ダスキンが前記新聞報道についての対策として作成したと思われる同月二二日付の「ダスキンが安全な商品であることを確信しています」と題する顧客宛のパンフレツトに使われている表現であり、しかも、前掲証拠によると、油溶性PCPと水溶性PCPとで人体に対する毒性に差異はないことが認められるので、証人草野晋三の右供述は、九月一日より後に知つた説明用語を、しかも誤解して、同日すでに被告人に対する説明として使用した旨供述するもので、採用することができない。したがつて、草野が被告人に対し「工業用」のPCPであるとの説明をした事実は認められない。そして、証人草野晋三の第六回公判供述には、農薬ではないと積極的に説明した旨の供述はなく、同人が九月一日持参した「ダスキンの衛生効果」というパンフレツトにも、油溶性PCPが農薬でないとの文言はないのであつて、前記認定のとおり、被告人が示した「消費とくらし」昭和四五年四月一〇日号の「ダスキンに農薬」との記事に対し、草野は化学的に反論、説明することができなかつたものであり、草野自身第六回公判証言において「ごく普通一般の観念から、普通の人はPCPを農薬と解釈する。」と供述しているほどで、九月一日の被告人と草野らとの会談において、ダスキンが農薬PCPを使用している旨被告人が一方的に決めつけたものとは認められない。しかも、証人草野晋三は、第四八回公判において、九月一日の被告人と草野とのやりとりは穏やかな話し会いであつた旨供述しており、同日被告人が草野を畏怖させるような言動で勢威を示した事実はないものといわなければならない。

(二) 次に、検察官は、同日、同所において、被告人が草野に対し、機関紙三部を交付し、西日本消費者協会への入会と会費の納入を勧め、同人がこれを断われば、前記機関紙等に、ダスキンには危険な農薬が入つているなどの中傷記事を掲載して一般消費者に公表するような勢威を示した旨主張する。

そこで、被告人が草野に対し「協会報内外ニユース」など機関紙三部を手渡したこと及び右各機関紙の掲載記事は前記認定のとおりであるところ、右記事は、商品の不良、有害な点をあげて、その商品を追放しようと呼びかけたもの、或いは商品の安全性に対する疑問点をあげたものを含んでおり、西日本消費者協会が不良、有害な商品の摘発、追放を一つの重要な活動とし、これを機関紙に公表していることを示している。しかし、右記事は、その内容が真実に反した中傷記事であるとの証拠はなく、被告人がその掲載された機関紙を草野に渡したとしても、これをもつて、直ちにダスキンについて中傷記事を掲載して一般に公表する旨の勢威を示したものということはできない。また、右記事を読む商品の製造、販売業者は、自己の商品が危険、有害なものであるとき、右機関紙に掲載、公表されるかも知れないという危惧を抱くであろうけれども、その商品が危険、有害なものでなければ、直ちに中傷記事を掲載される恐れを抱くものということはできない。仮に、草野がダスキンにつき中傷記事を掲載されるかも知れないとの危惧を抱いたとしても、それは同人の思い過ごしというほかなく、これが被告人の脅迫行為によるものとはいえない。

また、証人草野晋三は、第六回及び第四八回各公判において、被告人が草野に対し機関紙三部を渡した際、「ダスキンも是非企業会員になりませんか。このようなトラブルがあつたとき非常に便利ですよ。有利ですよ。」と繰り返えし入会の勧誘をした旨供述している。しかし、草野と同席した証人吉川の右の点に関する供述は「会員の件とかそういつたものを話したような感じがします。」という程度で、非常に曖昧である。前記証拠によると、草野は、株式会社ダスキン九州支部の加盟店係としての立場上、被告人との交渉の全過程において、最も営業上の配慮を考え、ダスキン問題を金銭をもつて打算的に解消しようと意図したことが認められ、被告人の入会勧誘の言葉がなくても、営業上の配慮から西日本消費者協会に入会して、被告人の追及を回避しようと考えたことも窺われ、また、草野は、ダスキン問題が前記認定のとおり各新聞に掲載された後、被告人が化学ぞうきんピカツトを製造している会社から二〇万円、リースキンを製造している会社から五〇万円を受け取つているとの情報を得て、これが虚偽であつたのに拘らず、そのまま信じ、株式会社ダスキン側で前記の新聞記事についての対策を検討した過程で、被告人の意図は金目当であるとの先入観を抱いたことも窺われ、草野は、右のような視点から、被告人が西日本消費者協会の活動状況を知らせる趣旨で手近にあつた機関紙三部を交付し、会員の説明をしたのを入会の勧誘をしたものであると誤つて追想して供述しているのではないかという疑いがある。この点につき、被告人は、検察官の取調べ並びに第四三回及び第四五回各公判において、草野から業者も西日本消費者協会に入会できるかと聞かれたので、消費者に利益をもたらす企業ならば入会できるという趣旨の説明はしたが、株式会社ダスキンが企業会員になるよう勧誘したことはなく、現にその製品の危険性を追及している企業に対し会員になるよう勧誘することはあり得ないと供述している。前記証拠によると西日本消費者協会は、企業会員から多額の会費を得ていることが認められ、西日本消費者協会としての被告人の消費者運動の純粋性には若干の疑問を抱かせる点もあるが、前記認定のような被告人の従前の活動内容及び本件化学ぞうきん問題追及の経過に照らし、被告人の右供述中後半の理由付けを述べた部分は、これを一概に排斥することはできない。そして、いまだダスキン問題が解消していない九月一日当時、被告人が草野に対し、株式会社ダスキンが西日本消費者協会に入会すればダスキン問題の追及を差し控えることを暗示し、直ちに同会社を西日本消費者協会に入会させる趣旨のことを申し向けた事実を認めるに足りる証拠はない。

加えて、前記証人草野晋三の供述には、検察官が主張するように、被告人が草野に対し「会費を出しませんか。」と申し向けたとの供述はなく、九月一日に被告人が草野に対し、西日本消費者協会の会費について話をした事実は認められない。

したがつて、被告人が草野に対し、西日本消費者協会への入会及び会費の納入を断われば、ダスキンについての真実に反する中傷記事を機関紙等に公表するような勢威を示したものとは到底認めることができない。

(三) さらに、検察官は、被告人が九月三日草野に対し、電話で「会費は一万円である。」旨申し入れ、金員を交付するよう執拗に申し向けた旨主張するが、前記認定のとおり、右は、草野が次回の会談の日取りを打ち合わせる電話をかけた際、上司の指示にしたがい会費を尋ねたのに対し、被告人が企業会員は月額一万円である旨答えたものであつて、被告人が金員交付を執拗に申し向けたものといえないことは明らかである。もとより、入会させる意思がないのであれば、会費の金額を教える必要もないといえるが、これが金員喝取のための要求行為であると認めるに足りる証拠はない。

(四) 前記一の(九)及び(一一)に認定したとおり、被告人が各新聞の記者らに株式会社ダスキンの化学ぞうきんに農薬PCPが使用されているとの情報を提供し、これが各新聞に掲載されたこと、「協会報内外ニユース」「消費者は王様」に同様の記事を掲載発行したことは明らかであるが、これらが虚偽の風説の流布による信用毀損及び業務妨害に当らず、恐喝の手段として行つたものとも認められないことは後に四において述べるとおりである。

(五) 検察官は、同年一〇月一日、被告人は、草野に対し「七日といわず、すぐ来なさい。日一日とあなたがたが不利になりますよ。私の方も第二弾、第三弾と幾通りも打つ手を考えており、今度来る時は最終的な見解を持つて来なさい。」と威圧的な言辞で暗に会費名目の金員を要求し、暴露記事をつぎつぎと発表掲載するような勢威を示し、草野をして、困惑・畏怖せしめたと主張するところ、証人草野晋三の第六回公判供述には、ほぼ右主張にあるような言葉を被告人が草野に対し申し向けた旨の供述がある。

しかし、これは、前記認定のとおり、九月一一日の被告人らと株式会社ダスキン側の者との会談で、ダスキンの安全性、衛生効果、品質表示等につき被告人らが納得しなかつたので、後日さらに続行することを約束し、また、同会社製のPCP含有のダスキンを即刻回収せよとの被告人の要求についても未回答のままであつたのに、一〇月一日まで同会社側から被告人に対し連絡がなく、さらに、前掲証拠によると、被告人が九月二一日ころ、株式会社ダスキンを含む化学ぞうきん製造会社八社に対し、各製品の成分、添加剤、安全性等の資料提出を要求したのに、株式会社ダスキンからは回答がなかつたことが認められ、これらのことから、被告人が同会社側の誠意を疑い、草野が電話をかけてきた機会に、右のような点についての回答を直ちに持つてくるよう強く促したもので、その言葉には、西日本消費者協会への入会を促し、会費を要求しているものと窺わせるものはない。「第二弾、第三弾の打つ手」というのも、これが暴露記事を掲載発表することをいうものと認めるに足りる証拠はなく、その後の被告人の行動にもこのことは現われていないし、また「最終的な見解」というのも、前記認定の経過からすると、被告人のPCPを含有するダスキンの回収要求に対するものをいうのであり、西日本消費者協会に入会するかどうかについての見解をいうものであると解すべき証拠はない。すなわち、前記認定のように、被告人は、新聞記者らに対し、株式会社ダスキンの営業上大きな損失を伴うような情報を提供して、その旨の記事が掲載発行され、また、自ら同様の記事を機関紙に掲載発行したのに、なお、わずか月額一万円の会費を目当てにして株式会社ダスキンを西日本消費者協会に入会させようと考えていたというのは不合理である。

(六)  前記認定のとおり、被告人は、川西市発行の「消費とくらし」昭和四五年四月一〇日号を読んだことを契機に株式会社ダスキンの化学ぞうきんの安全性等を問題にするようになつたのであるが、九月一一日の株式会社ダスキン側との会談には、被告人と異なる立場から市民運動をしている伊川漸を立ち会わせ、北九州市衛生研究所に対するダスキン中のPCPの分析依頼、各化学ぞうきん製造会社に対する成分、添加剤、安全性の資料要求、通商産業大臣、公正取引委員会に対する申告ないし申立、大学助教授に対する細菌検査の依頼、北九州市議会に対する請願等いずれも一般消費者の安全その他の利益を目的とする立場で、公開の方法をもつて行い、株式会社ダスキンの製品に対する追及が中心であつたが、同会社の製品だけでなく、他の会社の製品についても同様の事柄を問題としたもので、これは、前記認定のようなかねてからの西日本消費者協会の活動内容と同種の行動であり、被告人は、右協会として行う消費者運動の一つとして前記のような行動を行つたものであるといわなければならない。その過程で、被告人が草野に対し明示的に金員を要求し、或いはダスキンにPCPを使用していることの追及を差し控え、その公表もしないかわりに西日本消費者協会に入会し、会費を支払うよう暗黙のうちに金員を要求した事実は認められず、被告人に金員喝取の意思があつたものと認めることはできない。

もとより、前記認定のダスキン問題についての被告人の一連の行動は、株式会社ダスキン側、その中の一人である草野をして、同会社が営業上被るかも知れない損失等の点から困惑した状態に至らせたことは窺われるけれども、一般消費者が消費生活の安全性を求めるために、不良、有害商品の追及、摘発を行うことは、その手段として相当である限り、社会生活上是認され、その行動から商品の製造、販売業者が困惑した状態に至るとしても、これを直ちに脅迫行為ということはできないところであつて、被告人の前記行動も前記目的のための手段として相当な範囲に属する行為であるというべきで、これが金員喝取の手段としての脅迫行為であるということはできない。

四株式会社ダスキンに対する信用毀損罪及び業務妨害罪の成否

(一) 刑法二三三条にいう虚偽の風説というのは客観的真実に反する事実のことである。

そこで、検察官主張のように、被告人が「株式会社ダスキン製の化学ぞうきんに劇物に指定されている農薬PCPが使用されている。」との事実を読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、西日本新聞の各記者に情報として提供し、機関紙「協会報内外ニユース」「消費者は王様」にその旨の記事を掲載、発行したことは前記認定のとおり明らかであるから、その事実の真否につき検討する。

前記証拠によると、被告人の右各新聞記者らに対する情報提供及び右機関紙発行当時、株式会社ダスキン製の化学ぞうきんには、一部を除いて、これに吸収させている吸着剤中に防かび剤としてPCP(ペンタクロルフエノール)が使用されていたことは明らかであり、右のPCPは、毒物及び劇物取締法二条二項、別表第二の八〇において劇物に指定されているものである。なお、ここでは吸着剤中にPCPを使用しているかどうかの問題であるから、吸着剤そのものが劇物であるかどうかは問題にしない。

ところで、株式会社ダスキンでは、化学ぞうきんに防かび剤としてPCPを使用しているのであるから、これはPCPという化学薬品を工業製品に使用しているということである。したがつて、前記各新聞等に掲載されている記事中の「農薬PCPを使用」という文言は、その事実の表現として適切ではないが、これは「農薬に使用されているものと同種のPCPを使用」という趣旨であると解し、以下検討する。

検察官は、株式会社ダスキンが化学ぞうきんに使用しているPCPは油溶性の工業用であるので、農薬ではないと主張する。そこで、前記証拠によると、PCPは、ペンタクロルフエノールの略称であるが、これは殺菌力、殺草力に優れており、殺菌剤、防腐剤、防かび剤、防虫剤、除草剤として利用されているもので、農薬としては、果樹の病原菌に対する殺菌剤及び田畑の除草剤として利用されていること、ペンタクロルフエノールの分子式はC6Cl5OHであるが、化学的性質として、有機溶剤には溶けるものの、水に殆んど溶けないため、農薬として利用する場合、果樹の殺菌剤としても、田畑の除草剤としても、一般には水に可溶性のペンタクロルフエノールナトリウム塩(分子式C6Cl5ONa)として使用されていること、PCPの製造会社では、ペンタクロルフエノールを油溶性PCP、ペンタクロルフエノールナトリウム塩を水溶性PCPと称しているが、化学上油溶性PCP、水溶性PCPという分類がされているわけではなく、油溶性は工業用で、水溶性は農業用であるともいえず、水溶性のPCPも工業製品に使用されていることが認められる。ただ、油溶性というペンタクロルフエノールが農薬として現実に使用されているかどうかについては、これを確認するに足りる証拠はない。しかし、本件当時の農薬取締法施行令(昭和三八年四月三〇日政令第一五四号)第一条によると「ペンタクロルフエノール又はそのナトリウム塩若しくはカルシウム塩を有効成分とする除草に用いられる薬剤を農薬取締法第一二条第一項の指定農薬として指定する。」と定めており(この点は現行の農薬取締法施行令第三条四号も同じである。)、これは、油溶性PCPといわれるペンタクロルフエノールを有効成分とする除草に用いられる農薬の存在し得ることを前提に取締規定を定めたものであり、その用途、用法によつては、ペンタクロルフエノールを有機溶剤に溶かして農薬として使用する場合のあることも予想したものであろうと考えられる。したがつて、右の事実からすると、油溶性PCPといわれるペンタクロルフエノールを農薬として使用することがないものと断定することはできず、前記の株式会社ダスキンが化学ぞうきんに「農薬として使用されているものと同種のPCPを使用している」という表現が全く客観的真実に反する虚偽の事実であるということはできない。

(二) 次に、検察官が主張するように、被告人が「消費者は王様」昭和四五年一〇月一日号に「ダスキン中央研究所長小松が農薬の使用を認めた」との事実を掲載、発行したことは前記認定のとおり明らかであるので、その事実の真否につき検討する。

前記証人小松啓祐、同島田幸三、同草野晋三の各供述によると、九月一日、被告人が大手門クラブにおいて、株式会社ダスキン中央研究所長小松啓祐らと会談した際、右小松が被告人に対し、「ダスキンに農薬を使用している」と告げた事実はないことが認められる。したがつて、前記「消費者は王様」の記載は客観的真実に反し、虚偽であるといわなければならない。

(三) ところで、虚偽の風説の流布による信用毀損罪及び業務妨害罪の故意としては、流布した事実が虚偽であることの認識がなければならない。

被告人は、検察官の取調及び公判を通じて、一貫して株式会社ダスキンが化学ぞうきんに使用しているPCPは農薬である旨供述している。前記認定のとおり、被告人は、九月一一日の小松啓祐らとの会談において、ダスキンに使用しているのは油溶性のPCPであつて、除草剤に使用されている水溶性のPCPとは異なる旨の説明を受けたけれども、前記認定のとおりの経歴からして化学薬品或いは農薬についての専門的知識を有していたわけではなく、しかも頑迷な傾向があるところから、川西市発行の「消費とくらし」昭和四五年四月一〇日号に、農薬PCPが使用されているとの記事が掲載されていること、同じく「消費とくらし」同年八月五日号のダスキン中央研究所副主任島田幸三の記名のある記事には、株式会社ダスキン側が訂正記事を載せたものであると主張するのに、ダスキンに使用されているPCPが農薬ではないとの表現がないことなどから、前記小松らの説明を信用せず、被告人が九月一七日までの間に調べた商品辞典にはPCPは農薬の項目に記載されていたこと、過去の新聞の記事資料にもPCPは農薬として記載されていたこと、同日、福岡県八幡農林事務所植物防疫係に電話で照会したところ、係員から、PCPは有機塩素系の接触性の除草剤であるとの説明を受けたこと、同日、北九州農業改良普及所に電話で照会したところ、係員から農業に使用するPCPは劇物に指定されているとの説明を受けたこと(もつとも、被告人の第四五回公判における供述によると、右の係員らは、ペンタクロルフエノールとペンタクロルフエノールナトリウム塩の区別が念頭になく、PCPといえば農薬であるという前提で被告人の質問に答えたことが窺われる。)などから、かえつて、PCPは農薬であるという観念を強めたことが認められる。なお、被告人がその後に他から郵送を受けた化学辞典と思われるものの抜粋においても、PCPは農薬の項目に殺菌剤、除草剤として説明されていることが認められる。そして、被告人は、前記の昭和四五年九月一九日付の通商産業大臣宛家庭用品品質表示法一〇条による措置申立書においても「特に一部メーカー製品については劇物に指定されている農薬(除草剤)のPCPが防カビ剤として使用されております。」と記載している。そこで、これらの点からすると、被告人は、株式会社ダスキン製の化学ぞうきんに農薬であるPCPが使用されているものと思つていたことが認められる。

そして、被告人は、右のとおり、株式会社ダスキン製の化学ぞうきんに農薬を使用していると思つていたため、前記の九月一一日小松啓祐がしたダスキンに油溶性のPCPを使用しているとの説明は、農薬PCPを使用していることを認めたことに等しいと我田引水的に解釈し、前記のとおり、「消費者は王様」昭和四五年一〇月一日号にその旨記載したものであると認められ、この点について、被告人が虚偽であるとの認識を有していたものとは認められない。

したがつて、被告人には、虚偽の風説の流布による信用毀損罪及び業務妨害罪の故意もなかつたものといわなければならない。

第三白川秀雄に対する恐喝

一本件公訴事実は

被告人は、昭和四五年九月一七日から同月二〇日ころまでの間、各新聞に「化学ぞうきんに農薬使用」等の記事が掲載発行されたのを幸いに、化学ぞうきんメーカーから自己が主宰する大手門クラブの会費等の名目で金員を喝取しようと企て、同月二一日ころ、化学ぞうきん「ワンダー」の製造賃貸を営業内容とする株式会社ワンダー(北九州市小倉区足原大畠三丁目所在)の代表取締役白川秀雄に対し、同社に電話して「ダスキンのことを新聞でみたか。ワンダーには農薬のPCPは使つていないか。ワンダーは品質表示法に違反している。」旨申し入れ、翌二二日午後一時ころ、北九州市小倉区船場町一五番地丸源プリンスビル八階の自己が主宰する大手門クラブの部屋に右同人および前同社常務取締役柿本静作を呼びつけ、同所において「化学ぞうきんダスキンには危険な農薬を使用している。」旨の掲載の各新聞スクラツプ、化学ぞうきんダスキン、サニクリーン、ピカツトを中傷する協会報内外ニユース等を示し「これでダスキンのお客さんは半分ぐらいになるだろう。九州化学はピカツトのほかフアニーを作つているが、これも問題があるので、第二弾で叩く。ワンダーにPCPは入つていないか。ワンダーには品質表示がしてないが、その必要があるからしなさい。PCPについては商品を預つて調査研究する。」等と詰問し、前記株式会社ワンダーの製品であるワンダーについてもダスキン同様新聞等で誹謗中傷する用意があることを暗示して勢威を示したのち「大手門クラブに入会したら勉強になりますよ。会費は法人が月一〇、〇〇〇円、個人が月三、〇〇〇円です。」等と申し向け、もし大手門クラブに入会し、会費を納めることに応じなければ、ダスキン同様各新聞紙、協会報内外ニユース等にワンダーに不利益となる記事を掲載発行するような勢威・態度を示して金員を要求し、同人らをしてその旨畏怖・困惑せしめて即時入会の約束をさせ、よつて同月二九日前記大手門クラブの部屋において、前記白川秀雄から大手門クラブ入会費等の名下に金二六、〇〇〇円の交付を受けてこれを喝取した

というのである。

二〈証拠〉によると、株式会社ワンダー代表取締役白川秀雄(昭和一〇年一〇月一四日生)、有限会社白菊商会営業部長白川欣一、伸和建設株式会社営業部次長辻義之の三名は、昭和四五年九月二九日ころ、北九州市小倉区船場町一五番地の四丸源プリンスビル八階の大手門クラブに赴き、白川欣一及び辻義之の両名が大手門クラブの個人会員として入会手続をとり、白川秀雄が右両名の入会金合計二万円と同年一〇月分の会費合計、六、〇〇〇円を被告人に支払つたことが認められる。

そして右現金授受の経緯をみるに、〈証拠〉によると、被告人は、前記第二のとおり、株式会社ダスキン製の化学ぞうきんにPCPが使用されていること、その安全性、衛生効果、品質表示の問題を追及した機会に、同会社以外の化学ぞうきんについても同様の問題を追及しようと考え、九月二一日各化学ぞうきんの製造会社に対し、その成分、添加剤、安全性等の資料提出を要求したが、右会社の一つで、北九州市に本店のある株式会社ワンダーに対しても同日電話をかけ、同会社製の化学ぞうきんワンダーについて質問したいので、右のような資料と現品を持つてきてほしいと告げたこと、これを聞いた白川秀雄は、右要求を了承し、翌日、同会社の製品、これに使用する薬品、洗剤等を持つて、同会社常務取締役柿本静作とともに前記大手門クラブに赴き、被告人と面談したこと、そこで、被告人から「ワンダーにはPCPは使用していないか。」と質問され、白川秀雄は、ワンダーにはPCPはもとより、その他の防かび剤も使用していなかつたので、その旨答えたが、同人は、当時、化学ぞうきんは未完成の製品で、欠陥を指摘される余地のある商品であると思つていたところから、被告人がその衛生効果、品質表示の問題点を指摘したことについては、これを受け入れる態度を示し、被告人に積極的に協力した方が今後の営業上都合が良いと考えたこと、そして化学ぞうきんに関する話し合いが終つたころ、被告人は、白川秀雄に対し前記大手門クラブのパンフレツトを渡し、クラブの趣旨、現会員にどのような人がいるか及び会費などの説明をし、同クラブに入会しないかと勧誘したこと、白川秀雄は、その前に、被告人から「化学ぞうきんを告発へ」などとの見出しで、西日本消費者協会が株式会社ダスキン製品を追及している旨の新聞記事や化学ぞうきんの諸問題点と題する記事を掲載した「協会報内外ニユース」などを見せられ、また、「九州化学のピカツトをたたく準備をしている。」などと聞かされていたことから、右の大手門クラブに入会しないと、ワンダーも新聞等に問題点を公表されてたたかれるのではないかという若干の危惧感を抱き、右の入会をしていればそのようなこともなく、営業上有利に進展するであろうとの思惑や、同クラブ会員になれば地元の財界人や記者らとの交流により、知識や情報を得ることができるとの考えから、自己が代表取締役をしている有限会社白菊商会の営業部長である実弟の白川欣一、同じく自己が代表取締役をしている伸和建設株式会社営業部次長の辻義之に対し、会社幹部教育の趣旨で同クラブ入会を促し、これを了承した右両名が同月二九日入会手続をとり、入会金及び会費は、両名の属する各会社の負担とする趣旨で白川秀雄がこれを支払つたものであることが認められる。

三検察官は、九月二一日白川秀雄に電話をかけた時から被告人は大手門クラブの会費等の名目で金員を喝取しようと企てていた旨主張するところ、右の白川秀雄に電話をかけた行為は、前記第二認定のとおり、消費者運動を行つていた被告人が株式会社ダスキンの化学ぞうきんにPCPが使用されていることの問題等を追及した行為に続き、その一連の行為として、同会社以外の化学ぞうきんについても同様の問題を追及しようとした行動の一部であつて、右の検察官の主張は到底肯認することはできない。前記証人白川秀雄、同柿本静作の各供述によると、九月二二日の被告人と白川秀雄との会談は和やかな雰囲気のもとに行われ、会談の後半では被告人が白川秀雄に対し好意的と思われる態度を示したことも認められ、被告人の態度が検察官の主張するような白川秀雄を詰問する態度であつたとは認められない。また、被告人は、ワンダーにはPCPを使用していないという白川秀雄の説明を簡単に受け入れ、右白川も化学ぞうきんが未完成の製品であることを自覚し、衛生効果、品質表示の点で被告人が指摘するような問題があることを諒解したため、両者の意見は衝突することもなく、一回の会談で被告人の目的は殆んど達せられたことが認められる。そして、化学ぞうきんに関する話し合いが終つた後に、被告人は、白川秀雄に対し大手門クラブへの入会の勧誘を行つたものであるから、被告人が白川秀雄に対し化学ぞうきんの問題点を指摘した行為が直ちに大手門クラブ入会金等の名目による金員喝取の手段としての脅迫行為であるというのは早計である。さらに、右のような被告人と白川秀雄との話し合いの状況からして、右白川が大手門クラブに入会しなければ、株式会社ワンダーにとつて不利益な記事を新聞或いは機関紙等に掲載、発行するかのような勢威、態度を被告人が示す余地もなかつたものと認められる。なるほど、白川秀雄は、ワンダーも新聞等に問題点を公表されてたたかれるのではないかという危惧感を抱き、これが大手門クラブ入会の一つの動機付けになつていることは否定できないが、右の白川の抱いた危惧感は、化学ぞうきんワンダーが未完成の製品であることを自覚していた同人がダスキンについての新聞記事等を見て、抽象的に抱いたものであつて、被告人の具体的な脅迫行為により畏怖したものとは認められない。前記証人白川秀雄は、営業上の配慮も大手門クラブに入会することにした一つの理由ではあるが、入会金等を恐喝されたものとは思つていない旨供述しており、白川秀雄が自ら或いは会社として同クラブに入会せず、部下を二人までも入会させたことは明らかに幹部教育の趣旨であり、これは右供述に副うものと認められる。

すなわち、被告人が白川秀雄から大手門クラブ入会金等の名目で金員を喝取する意思を有し、その手段として同人に対し脅迫行為に及んだ事実を認めるに足りる証拠はない。

第四以上のとおりであるから、本件公訴事実中、平田好正に対する詐欺、草野晋三に対する恐喝未遂、株式会社ダスキンに対する信用毀損及び業務妨害、白川秀雄に対する恐喝の点については犯罪の証明がないことに帰するので、刑訴法三三六条後段により無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

(福嶋登 池田克俊 杉山正士)

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